未分類」カテゴリーアーカイブ

投資家がお金よりも大切にしていること(藤野英人)書評@みらいけん副所長乱読チャレンジ③

みらいけん副所長乱読チャレンジ第3回の課題本は、第32回読書会の紹介本「投資家がお金よりも大切にしていること」だ。紹介者はかっしぃさんである。チャレンジ概要はこちらを参照されたい。
「投資家がお金よりも大切にしていること」というタイトルを見て、こんなことが書いてありそうだと筆者が直感したことが、遠からず論じられていた。本書の率直な感想としてはそんなところだ。今回は趣向を変えて、この本の役割と立ち位置について考察してみたい。本の分類としては新書、一般書になる。ジャンルについては、“ビジネス、自己啓発”という括りになるだろうか。経済書の括りになりえないと筆者が考える理由は
①学術的な根拠や過去の議論を元に議論されてはいない
②誰でも追える優しい論理展開と身近な例を主に扱う
③目がける確固たる議題が存在せず、広く「(日本人の)お金の認識について」というテーマを扱っている(筆者にはそう見える)
以上の三点である。この三点を考慮すると、まず本来ターゲットにしたい層(すべき層)は、「お金について学びたい初学者」であろうことが見えてくる。問題はこの本の表題である。こういった本を何冊か読んだことがある筆者の様な読者であれば、上ですでに書いた様に、この本の内容がその表題からある程度想像することができる。この手の本で、タイトルと内容とで多少の乖離があることは慣れっこだからである。念のために明記しておくが、それはその本に価値がないということを意味しない。手に取る人のニーズを適切に満たせているかという問題なのだ。事実、本書は上の様な動機から本を手に取る読者をとても親切に導いてくれるものであるだろう。とはいえ、筆者は必ずしも、著者と同じ考えではないが。ここで本書の内容をいくつかピックアップしてみたい。
・あなたがコンビニに払った150円は、レジに収まった後どこに行くのか。どこに分配されるのか。それは、コンビニ、飲料メーカー、飲料メーカーの営業、イラストレーター、ソフトウェア会社、広告代理店、タレント事務所、俳優etc……と数えると途方もないところである。支払うという行為は、お金と物の単なる交換ではなく、エネルギーを対象や対象群に与えるという行為なのだ。
・日本人の投資に対するイメージを調査すると、8割がネガティブであり、預金率は先進各国の中で抜きん出て高く、しかし年間の寄付金の総額はアメリカの52分の1以下である。このことから、日本人は守銭奴的精神性を備えていると言える。
・日本人の「貧しきは善、富めるは悪」の一般意識は、過去「清貧の思想」がベストセラーになったことに端を発しており、しかし、本来「清貧の思想」で述べられているのは「誇りを持って貧しくあることを選択せよ」ということであり、現在の「貧しきは善、富めるは悪」という短絡的なものとは本質的に異なっている。(…)そもそも我々は「清貧」でも「汚富」でもなく、「清富」を目指すべきではないのか。
・「経済」と訳される「economy」の語源はギリシャ語の「オイコノミクス」あり、その意味は「共同体のあり方」である。著者はこのことに、経済(学)、引いてはお金の本質を見る。というのは、一般に認識されているような、個人や特定の共同体を富ませたり、勝たせたりするものではなく、社会という一個の共同体のあり方を考える、ということなのである。
以上、簡単に本書の内容を見てきた。この内容に合わせて、[投資家が「お金」よりも大切にしていること]という表題である。なんらかの目的で、「お金について学びたい初学者」が、はたして手に取りやすいものだろうか。ジャストアイデアだが、「敏腕ファンドマネジャーといく、日本人のおカネ意識改革」のほうが、表題と内容の一致度という意味でも、初学者の手に取りやすさという意味でも、適切である様に思うのだ。
とはいえ、編集の方々もプロである。こんなことは承知の上で、それでもこの表題をつけたのだろう。すぐに思いつく問題点としては、上の様な層をターゲットにするということは、有名人が出している出来の良い入門書と真っ向から読者を奪い合うことになってしまう恐れがあるといったところだろう。本を作って売ることの難しさを感じた一冊であった。
これは書評か?
(文責:イズミ コウ)

コンビニ人間(村田沙耶香)書評@みらいけん副所長乱読チャレンジ②☆ネタバレ無☆

みらいけん副所長乱読チャレンジ第2回の課題本は、第31回読書会参加者のよこてんさんの紹介本「コンビニ人間」だ。チャレンジ概要はこちらを参照されたい。第31回みらいけん読書会で紹介された他の本は、「ついやってしまう体験の作り方」「蜜蜂と遠雷」「謎の独立国家ソマリランド」「ヒッキーヒッキー・シェイク」「国土が日本人の謎を解く」である。今回は、僕にとって特に苦手としている分野がない、どれもそこそこ読みたいなと思うラインナップだった。少々迷った末に、タイトルに最も気を引かれなかった(失礼)「コンビニ人間」を今回の課題本にすることに決めた。最も、僕は近代小説というものに普段からまったく親しみがないので、「乱読」の対象としての要件は満たしているものと考えてのことでもある。決して一番薄かったから選んだわけではないことをここで述べておきたい。さて、読書感想に移ろう。
良い小説家の条件とはなんであろうか。一つは小説の登場人物に現実的な肉感と存在感を充分に与えることができる、ということではないだろうか。この主人公や恋人(?)役のようなある種「特異な人物」(あえてこう書くが)を、僕は現実に見たことがない。実際に見たことがないにも関わらず、彼らのような人間は現実に存在しうる、いやきっとしているという妙なリアリティ、つまりは現実的な人格としての肉感をしっかりと感じられるのである。
ところで、ロシアの文豪ドストエフスキーの小説、「地下室の手記」の前書きにて、彼はこう語っている。「この手記の作者(小説の主人公のこと)も、この手記そのもの(主人公が地下室に残した手記のこと)も無論虚構である。にもかかわらず、この手記の作者のような人物は、そもそも我々の社会が形成された事情を考慮すれば、我々の社会に存在する可能性は大いにある。いや、それどころか、むしろ必ずや存在するに違いない。私は読者の眼前に、つい最近過ぎさった時代の一つの典型を、通常より少し目立つ形で抽出したいと考えた。」この「コンビニ人間」の作者村田沙耶香氏も、ドストエフスキーと同じように社会が形成された事情や、その現状、そこに生きる人々を具に観察、それを洞察し概念化、それを新たに人格という形に練り上げて、この登場人物達を作り上げたのだろう。おそらく、その動機も同じであろう。そしてそれは僕が見たところ、見事に成功している。こういったことが、僕がこの小説から受けた最初の「凄み」であった。
小説で描かれているテーマ、テーゼについても、いろいろ言及したいところではあるのだが、これが中々難しい。今日までに2度通読したが、僕はまだこの小説をどう読んだものか、わからない。したがってそれを説明もできないし、そのための言葉も殆ど持たない。キーワードだけであれば列挙することができそうなので、ひとまず挙げてみたい。「普通性」「異常性」「有機的」「無機的」「感情的」「合理的」「感覚」「理性」「人間性」「動物性」「主体」「客体」「包摂」「排除」ふむ。キーワードを挙げるだけで感想がが整理されて行く気がする。何かが形になっていきそうな気がするが、残念ながらすぐに形になりそうにないので、また別に書く機会を設けようと思う。挙げたキーワードやネタバレの無い他の書評などを参考に、一読をお勧めしたい、「凄い」小説であるということだけはお伝えしたい。
うーむ。
とりあえずもう一度読もう。

「信長の原理」(垣根涼介)書評@みらいけん副所長乱読チャレンジ①

こんにちは。みらいけんのイズミです。みらいけん副所長乱読チャレンジ第1回の課題本は、第30回みらいけん読書会でしげとさんにご紹介いただいた「信長の原理」です。チャレンジの概要や、目的はこちらをご覧ください。
さて、というわけで今回の課題本「信長の原理」の書評を書いていきます。私は知識がひどく偏っている人間ですが、とりわけ日本史の教養が特に無く(お恥ずかしい話です)、戦国時代の武将が天下統一を目指して戦う!みたいな物語に本来全く食指が動きません。この本は、そんな私が読んでも挫折すること無く、最後まで読み進めることができる歴史小説でした。
戦国時代を描いた歴史小説が読みにくい最大の理由は何処にあるのか。僕は「固有名詞の多さ」にあると思います。例えば、「○という国に×という武将が居て、その別名は△といい□という城に居を構える。それは〜という大名に仕えており、その政敵の誰々と云々といういざこざが絶えず、遂には何処何処の戦いで…」こんな風に説明をされても、背景知識がなければ何がなんだかわかりません。しかも物語が進むごとに全く別の名前になっていたり、似たような名前の家臣が3人くらい増えていたり、もうめちゃくちゃです。人物相関関係図の自作が必須です(私にとっては)。
私がこの小説を最後まで読み終えることができた理由の一つはおそらく、こういう固有名詞の把握を完璧にしなくとも、物語の大筋が掴める構成になっていたことでしょう。(戦国でも最も有名な織田家が題材であることが手伝っているところもあるでしょう)
物語は後半まで基本的には織田信長の視点で描かれます。織田家に生まれ育った信長の視点が基軸になるので、誰が政敵で、優秀な家臣は誰で、自分はどのように動けば良いのか、というものを読者と共有する形で、わかりやすく示されています。もう一つ、この本を挫折せずに読むことができた理由は、タイトルにあるように物語を一貫して 「(神仏を信じぬ)信長(が考える世)の原理(ことわり)」というテーマが刺し貫いていることしょう。
幼少期の信長、吉法師は蟻の観察をすることが好きでした。ある日吉法師は、蟻の集団はよく働くもの、それに釣られてなんとなく働くもの、働いてるようで怠けているもの、の割合が常に2:8:2になることに気がつきます。やがて大人になり兵を統べ、名を挙げるようになると、それが戦の時、兵の集団の働きにも適用されることを思い、その割合を崩そうと、ある時は優秀な侍を新しく雇ってみたり、ある時は兵を奮い立たせてみたり、色々な施策を講じますが、その槍働きの割合はどうしても2:8:2。神仏を信じない合理主義者である信長でも、この説明のつかない、しかし決して抗えないそういった「世のことわり」と、その生涯を通して超克しようとする、そんなテーマです。
総じて、背景情報を全く知らない人間でも、関心を持って読み進められるような歴史長編小説でした。彼らと一緒になって旅をして、ついにはその旅が終わる感慨、寂しさ、名残惜しさ、そういう「いい気分」とはまた違った感情を読後に楽しめることも、長編小説の醍醐味なのかな、とも思いました。
…最後に、次回はもっと余裕を持って読み進めたいと思います(毎回言っている)。

みらいけんオトナも自由研究会発表会レポート

「勉強」とは「教科書を読む作業」であり、「研究」とは「教科書を作る作業」である。とは、筑波大学准教授の落合陽一氏の言葉である。中々明瞭な整理ではないだろうか。
その定義で考えれば「自由研究」とは、「自由に、ある事柄についての教科書(のようなもの)を作ってよい」機会と考えることができる。
「自由」なので、完璧に秩序立って、完成されたものでなくても構わない。例えば、1ページ分の文量しかなかったり、いくつか落丁していても良い。自身の課題と、それに対応する論理が示されていればそれで良いのである。
なるほどこう言えば、とても楽しい機会のようのに思えてくる。自由研究は、沢山の教科書(≒本など、整理された情報)を読んだり、実践したりして、知識や経験を蓄えた大人になった今こそ、本当の意味で楽しめるものなのかもしれない。
そんな動機から立ち上がった[オトナの自由研究発表会]が9月21日にみらいけんで開催された。参加者の研究内容は以下の通りである。
・中東情勢について
・パラダイムシフトとメタファー
・大学の卒論を振り返って
・塗香について
・消防士が教える「アートを好きになるコツ」
・現役教員が考える理想の宿題「夏休みに楽しかった事10選」
・「asobi.life」2人で楽しく暮らす
・編み物3年の到達地点
・コールドシャワーと不安、真のコンテンツについて
・着物と着付け
・「自己紹介とは」
・「大人になってから学ぶってどういうこと?」
筆者が1番興味深く聞いたのは、「パラダイムシフトとメタファー」である。世界における価値観の文脈が一新されるパラダイムシフトの背後にはどのようなメカニズムがあるのか、という内容だった。これを聞くことによって、筆者がいわゆる人文(科)学に求めるものの一つは、精神的な自由を得るために、現代のパラダイムの内外に存在する観念を理解し、言語化、又は概念化することなのだ、という発見をすることができた。
他にも「自己紹介とは」の発表では「わたしは○という仕事をしていますと言った瞬間に、その仕事をしていないわたしはどこへ行ったのか」「DoよりBeが自己紹介たりうるのではないか」という言葉にハッとさせられたり、「コールドシャワーと不安、真のコンテンツについて」では、コールドシャワーの体験談が、理性不安と感性不安の話に繋がり、最終的にはメディアの不安を煽るコンテンツと真コンテンツの在り方に繋がり、その発想に関心した。
などなど、自身の専門分野、趣味、モノづくりから哲学的論考まで、バラエティに富み、独創的な研究内容が並んだ。発表者も聴講者も熱量が高く、全体を通して生き生きとした研究発表会であった。みらいけんとしても初めての試みであったが、狙いどおり参加者全員が「学ぶ楽しみ」を改めて感じられるようなイベントになったと思う。
日本の社会人は先進諸各国の社会人と比べて、全然勉強をしていないと言われることがある。勉強の定義や統計のデザインに依るところがあるとは思うが、概ね事実なのだろう。しかしなぜ勉強をしないのか。それは勉強に「役に立つ」以外の意味を見出せないからなのではないかと筆者とみらいけんは考える。その意味を発見していくために、今回のような機会と、場を提供していくことが、大人の学びと成長のプラットフォームたる、みらい研究所のミッションであると改めて思った。「勉強会(教科書を読む会)」だけではなく、今回のような「研究会(教科書を作る会)」も、積極的に開催していきたい。

みらいけん副所長「普段最も読まなそうな本を読んでレビューする」乱読チャレンジ@みらいけん読書会

みらいけん読書会は、みんなが一冊ずつオススメの本を持ち寄って、それを主催陣が全て読むという少し変わった読書会です。そんなみらいけん読書会のキーワードは「乱読」だと、読書会主催の金城さんは言います。他の人にも実践してもらって、効果を実感してほしい!とも。

乱読とは、自分が関心のある本だけじゃなくて、色々な分野の本を、とにかく沢山読むという意味です。乱読がもたらす良い効用って、例えば「色んな分野の知識が手に入る」とか「自分が興味のある分野を発見できる」とか、魅力的なコトがたくさんあるわけだけれど、中々実践できませんよね。

それは何故なのかというと、やっぱりシンプルにしんどいからです。人間、慣れないことをするのはしんどいのです。特に「読書」って映画を観るのとは違って、能動的に動かないと達成できませんよね。その上、特に関心がない分野のモノを読むのです。いくら沢山良いことがあるよ!って言われても、億劫になってしまうのは無理もありません。

でも身近な誰かがやっていれば、ちょっと一緒にやってみようかな、思うかもしれないじゃないですか。自分にもできそうだな、と思うかもしれないじゃないですか。

そんなわけで、みらいけん副所長のイズミは(読書会の主催では無いのですが)みらいけん読書会で紹介された本の中で「普段最も読まなそうな本」を一冊選んで読み切り、感想と効用をレビューするという[みらいけん副所長乱読チャレンジ]を敢行いたします!

第一弾は10月27日の次回の読書会までに読み終わってレビューをupする予定ですので、読んでいただけると嬉しいです。(文責:イズミ コウ)

演劇について〜ダランベールへの手紙〜(ジャック・ルソー)書評

【演劇、または現代の娯楽一般について】

仮にこの「手紙」を、思想の巨人、ジャック・ルソーが書いたものだと知らずに読んだとしたら、私はどんな感想を持ったのだろう。この本を読み終えた時に最初に考えたのはそういうことだった。本書は地に足をつけた論理展開を追わせてくれる類の本では無く、直感的で、議論の所々に飛躍を感じる本であったという印象だ。特に言葉遣いが印象的で、「〜をごらんなさい」というような表現が多用されており、物事を「直」に「観」れば、その本質を理解することができるという直観主義を強く感じさせる。論理展開も、緻密に構築されたものとは言えず、偏った考えを排除して、客観的かつ現実的に書かれているとは言い難いかもしれない。

しかし他方で、演劇と芝居について、現代ではもう少し射程を広げて、TVドラマや映画、アニメなども含めた「受動的で消費的な娯楽一般」について、良い示唆を与えてくれる本でもあった。訳者が冒頭のはしがきで解説している目次の、「劇そのものが与える道徳的効果について」の項がそれにあたる。そこで述べられていることは要約するとこうだ。

喜劇と悲劇は、実際の人間よりも拡大された、または縮小された人間を見せる。喜劇では正直者は滑稽に描かれ、悲劇では現実にはありえないような英雄的な人間が登場し、彼に憐れみを感じさせられる。そのため現実の正直者は嘲られ、現実に存在する憐れみを向けるべき人々にそれは向けられなくなる。その娯楽は人々の関心を引きつけすぎるあまり、仕事にも悪影響を与える。今ある仲間同士の集まりも、それほど熱心に行われなくなる。そもそも演劇というものは客を惹きつけるかどうかこそが問題なのであって、習俗を正したり、徳を教えたりすることは目指しておらず、故にそれは達成されない。そこにある民衆を惹きつけるためだけに作られた演劇は、当然今ある習俗に(幾らか変質させるにしても)、沿うことになるのだから、すでにある習俗を助長させるまでにとどまり、やはり習俗を正したりすることはない。よって演劇とは、よい習俗がある民衆にとってはよく、そうではない民衆にとっては悪いものになりうるのだ。

このルソーの観察が、演劇というものの本質を一面捉えているとするならば、現代の「受動的で消費的な娯楽一般」の本質の一面もまた捉えていると言えそうだ。こういう目で、現代の娯楽を観察してみるのも面白い。現代は、これが書かれた18世紀中頃よりも、そうした娯楽の商業主義は発達し、我々消費者の関心をどのようにすれば惹きつけられるのかということが、かなりシステマティックに解明されている。加えて、デジタル技術の発達により、距離と時間を問題にせず、それにいつでも触れることができる。コンテンツ同士の競争も激しいので、より強い刺激が追求される。ルソーが言うように、現代の娯楽を、仕事や愛、仲間など人生の諸目的に対しての毒にならないよう取り扱うためには、一層の警戒と自衛が求められる時代であるのではないか。

ルソーは演劇をジュネーブへ持ち込む代わりに、祭りや催し事を充実させるべきとしているが、現代においてそれはあまり有効な策になりえない。人々は祭りにそれほど関心が無いように見えるし、それが充分行われていないとも思わない。祭り自体が、コンテンツベースで分断され、選択肢が多様である。これは彼が言う祭りの要件を満たしているとは言い難い。ではどんな娯楽によって、現代人は健全に満たされるべきなのか。私が直感的かつ暫定的に考えるのは、「受動的で消費的な娯楽」ではなく、「生産的で能動的な娯楽」によってである。例えば、鑑賞よりも、創作という事である。今回のように本を読んで、その感想をこのようにまとまった形として表現することも、それと言えるかもしれない。この「現代における健全な娯楽のあり方」というトピックは、議論の内(第5回大人も読書感想文会)に取り上げてみたいと思う。(文責:イズミコウ)

Reading Skill Test(RST)簡易版受験の感想文

簡易版RST(リーディングスキルテスト)を解いてみた

東ロボ(東大合格を目指すAIロボ)の開発で有名な、数学者である新井紀子氏の新刊である『AIに負けないこどもを育てる』に収録されている簡易版RST(リーディングスキルテスト)を受験してみた。出題されていたのは、例えばこんな問題だ。

アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。
セルロースは(     )と形が違う。
(1)デンプン  (2)アミラーゼ  (3)グルコース (4)酵素

このように、落ち着いてじっくり読めば、答えがわかるような問題が全28問で構成されている。しかし新井紀子氏によると「某新聞社の論説委員から経産省の官僚まで、なぜかグルコースを選ぶので驚きました」とのこと。現代の大人達は、どうやらこのような読解テストが苦手なようである。筆者が、簡易版のRSTを受験を試みた理由も、その認識が背景にあり、自身の読解力を確かめてみたかったからだ。筆者のスコアの話は、読み手にとって有益な情報になりえないと考えるので割愛するが、ともかくテストを受けた感想としては、「良かった」に尽きる。というのは、自身の中に、RSTを苦手とする子供達や大人達と同じく、文章の読解を難しくする要因である、「AI読み」の傾向を見つけることができたからである。

AI読みとは、「…のうち」「…の時」「…以外」などの機能語といわれる語に注目せず、キーワードになるような単語を拾い読みすることで、だいたいこんなことを言っているんだろうと、文章の意図を推察する読み方として、新井氏が紹介している。現代人は大量の情報を処理しなければならない忙しさから、このAI読みが癖になってしまうことが多いのでは無いかという分析は、説得力のあるものに思える。

確かに、自身の日頃の文字情報の処理形式を改めて思い返してみると、ウェブニュースやSNSの投稿など、専門分野でなく、じっくり読む覚悟をしていない文章を流し読みする時に、上のようなAI読みをしているという心当たりがある。無論そのこと自体が問題なのでは無い。そのような読み方は、大量の情報を処理するための一つの戦略でもあるからだ。問題は、そういった読み方をするべき場面ではないときに、例えば今回のRSTを受験している時に、日頃の情報処理で癖付いたAI読みが発揮されて、「何故だかわからないが、この文章が理解できない」状態に陥ってしまうことだ。AI読みに無自覚であればこそ陥るこの状態は、AI読みをしている自分を自覚することによって、加えて、「正しい読み方(ここでは機能語に気を配って丁寧に読むこと)」を認識し、意識することによって、ある程度の改善が見込めると筆者は考える。今回RSTテストを受けることによって、無意識にAI読みを発揮してしまう自分を発見することができたことは、前述したような文脈で、筆者にとって大きな収穫であった。次回以降、文章を正確に把握しなければならない場面では、機能語に充分気を配って、丁寧に文章を読むことを心がけたいと思う。

上記のような、読解力についての話に関心があったり、自身の読解力を測ってみたいと思った方は、『AIに負けないこどもを育てる』に収録されている簡易版RSTを受けてみることをオススメする。
なぜ、これからの人類には読解力が特に必要になってくるのか。読解力を伸ばすには他にどんな方法が考えられるのか。AIロボは東大に受かることがきるのか。この辺りのトピックに関心がある場合は、新井氏の著作『AI vs 教科書が読めないこども達』、『AIに負けないこどもを育てる』の内容を、じっくり参照されたい。(文責:イズミコウ)

みらいけん心理学講座過去講座一覧【随時更新】

2019/06/13時点での、みらいけん心理学講座の過去講座一覧です!

みらいけん心理学講座vol.18「集中を超えた『没頭(フロー)』状態を作り出す!」自由自在にゾーンに入るための心理学

☆vol.18集中を超えた『没頭(フロー)』状態を作り出す! 自由自在にゾーンに入るための心理学

☆vol.17「ありのままの自分」から自己実現を目指す!セルフ・コンパッションの心理学

☆vol.16「やる気革命!!」無気力状態を脱して“やるべき事”を実行する心理学

☆vol.15「貴方の性格を科学する!」性格診断と自己改変の心理学

☆vol.14「今年こそ達成する!」心理学的に正しい新年の目標設定ワークショップ完全版

☆総集編×心理学的に正しい信念の目標設定ワークショップ

☆vol.13「最強の記憶力を身につける!」全米チャンピオンと心理学者に学ぶ記憶術の心理学

☆vol.12「最高の人間関係を築く!」友人選びと人脈の心理学

☆vol.11「仕事を最速で片付ける!」SingleTask×集中力の心理学

☆vol.10「人生から不安を消し去る!?」超メンタル強化の心理学

☆vol.9「人生を劇的に変える!」努力する習慣作りの心理学

☆vol.8 「FBI捜査官vs犯人」に学ぶ!しぐさと嘘の心理学

☆vol.7「嘘と裏切り」は見抜ける!もう二度と騙されない心理学

☆vol.6「人は見た目で7割わかる!?」外見と予測の心理学

☆vol.5なぜ人は操られてしまうのかを学び活かす心理学

☆vol.4明日から使える!人を動かす説得術の心理学

☆vol.3ストレスと仲良くなり人生の質を高める心理学

vol.2 「ピンチに弱い」を克服する!逆境を跳ね返す心理学

☆vol.1チョコを貰える人になる!? 人たらしと、魅力の心理学

講座の資料や動画がダウンロードできる【みらいけんオンライン会員】を始めました。

みらいけんの講座記録がダウンロードできる様になる【月額会員サービス】を始めました!

みらいけんで行われている各種講座は、半分くらいは1度きりの開催であり、講師の方の魅力やアツさを感じることのできる、オフライン講座特有の良さを知っている受講者様も沢山いらっしゃるかと思います。しかし、「興味はあるけど日程が合わない」「ぜひ次回も開催して!」という声をいただくことが多く、また、「みらい」を研究するはずのみらいけんが、オンラインに対応していけないのは、やっぱりイケてないことだと思います。

という事で、まずはその取り組みの第一弾として、講座で使われた資料や動画などをオンラインで公開していくことにしました!

2,000円の会員費はそのままリアル講座や通常利用料金にも充当できますので、お気軽にご登録お願いします!

「プロジェクトマネジメント講座」 〜物事を「推進」する力を身につける~

Amazonビジネス書ランキング第〇位を獲得した「予定通り進まないプロジェクトの進め方」の著者である Youhei Gotoさんをお招きして、 プロジェクトマネジメント講座 〜物事を「推進」する力を身につける~ を実施いたしました!講座のレポートはこちらからご覧いただけます!