投資家がお金よりも大切にしていること(藤野英人)書評@みらいけん副所長乱読チャレンジ③

みらいけん副所長乱読チャレンジ第3回の課題本は、第32回読書会の紹介本「投資家がお金よりも大切にしていること」だ。紹介者はかっしぃさんである。チャレンジ概要はこちらを参照されたい。
「投資家がお金よりも大切にしていること」というタイトルを見て、こんなことが書いてありそうだと筆者が直感したことが、遠からず論じられていた。本書の率直な感想としてはそんなところだ。今回は趣向を変えて、この本の役割と立ち位置について考察してみたい。本の分類としては新書、一般書になる。ジャンルについては、“ビジネス、自己啓発”という括りになるだろうか。経済書の括りになりえないと筆者が考える理由は
①学術的な根拠や過去の議論を元に議論されてはいない
②誰でも追える優しい論理展開と身近な例を主に扱う
③目がける確固たる議題が存在せず、広く「(日本人の)お金の認識について」というテーマを扱っている(筆者にはそう見える)
以上の三点である。この三点を考慮すると、まず本来ターゲットにしたい層(すべき層)は、「お金について学びたい初学者」であろうことが見えてくる。問題はこの本の表題である。こういった本を何冊か読んだことがある筆者の様な読者であれば、上ですでに書いた様に、この本の内容がその表題からある程度想像することができる。この手の本で、タイトルと内容とで多少の乖離があることは慣れっこだからである。念のために明記しておくが、それはその本に価値がないということを意味しない。手に取る人のニーズを適切に満たせているかという問題なのだ。事実、本書は上の様な動機から本を手に取る読者をとても親切に導いてくれるものであるだろう。とはいえ、筆者は必ずしも、著者と同じ考えではないが。ここで本書の内容をいくつかピックアップしてみたい。
・あなたがコンビニに払った150円は、レジに収まった後どこに行くのか。どこに分配されるのか。それは、コンビニ、飲料メーカー、飲料メーカーの営業、イラストレーター、ソフトウェア会社、広告代理店、タレント事務所、俳優etc……と数えると途方もないところである。支払うという行為は、お金と物の単なる交換ではなく、エネルギーを対象や対象群に与えるという行為なのだ。
・日本人の投資に対するイメージを調査すると、8割がネガティブであり、預金率は先進各国の中で抜きん出て高く、しかし年間の寄付金の総額はアメリカの52分の1以下である。このことから、日本人は守銭奴的精神性を備えていると言える。
・日本人の「貧しきは善、富めるは悪」の一般意識は、過去「清貧の思想」がベストセラーになったことに端を発しており、しかし、本来「清貧の思想」で述べられているのは「誇りを持って貧しくあることを選択せよ」ということであり、現在の「貧しきは善、富めるは悪」という短絡的なものとは本質的に異なっている。(…)そもそも我々は「清貧」でも「汚富」でもなく、「清富」を目指すべきではないのか。
・「経済」と訳される「economy」の語源はギリシャ語の「オイコノミクス」あり、その意味は「共同体のあり方」である。著者はこのことに、経済(学)、引いてはお金の本質を見る。というのは、一般に認識されているような、個人や特定の共同体を富ませたり、勝たせたりするものではなく、社会という一個の共同体のあり方を考える、ということなのである。
以上、簡単に本書の内容を見てきた。この内容に合わせて、[投資家が「お金」よりも大切にしていること]という表題である。なんらかの目的で、「お金について学びたい初学者」が、はたして手に取りやすいものだろうか。ジャストアイデアだが、「敏腕ファンドマネジャーといく、日本人のおカネ意識改革」のほうが、表題と内容の一致度という意味でも、初学者の手に取りやすさという意味でも、適切である様に思うのだ。
とはいえ、編集の方々もプロである。こんなことは承知の上で、それでもこの表題をつけたのだろう。すぐに思いつく問題点としては、上の様な層をターゲットにするということは、有名人が出している出来の良い入門書と真っ向から読者を奪い合うことになってしまう恐れがあるといったところだろう。本を作って売ることの難しさを感じた一冊であった。
これは書評か?
(文責:イズミ コウ)

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